勉強:嫌がることを無理やりやらせるのが「勉強」|やぎの教育辞典

 「学校は勉強するところです。」以前の勤務校の校長が入学式に1年生に向けて言っていた言葉である。私もさんざん子どもの頃から「勉強」と言われてきたから違和感なく受け入れていたし、教員になってからも子どもに向けて使ってきた。しかし、「勉強」は「勉めを強いる」である。デジタル大辞林によると、「勉める」には、「無理をしたり、がまんしたりして行う。こらえてする。」という意味がある。「強いる」は広辞苑第七版によると、「相手の意志を無視して、自分の意のままに物事をおしつける。強制する。」という意味がある。そう考えると、普段何気なく使っている「勉強」とはなんと恐ろしい言葉だろうか!

 私は最近「学び(学ぶ)」という言葉を使うようにしている。「学習」という言葉を使っていたこともあったが、「学習」は「習い学ぶ」ことである。もちろん、誰かから「習う」ということは学びにとって大切な要素ではあるが、学校においてはとりわけ「先生」から習うという受け身の要素が強くなってしまう。その意味で、「学び」という言葉を使うのがよいのではないか。

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