#1の雑感|CROSS×CROSS×CROSS

初の下北沢での教育イベント、cross×cross×cross#1が終わりました。

一言でいえば楽しかった。いや、ほんとに。

登壇者の6名、そして、参加していただいた皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。

本当にありがとうございました。内容部分での学びはここでは一旦置いておいて、あの場から考えたこと、その雑感を書き留めておきたい。今後に向けて。

1.見せ方・伝え方について

中でも嬉しかったのは、下北沢の在住の知り合いと教育が仕事ではない友だちの参加だった。

ぼくが抱いていたこれまでの教育における講座への違和感は、その多くがいわゆる先生や教育に関わる仕事をしている人しかいないところだった。それは、教育を先生だけのものにしていては、いつまでたっても教育は変わらないのではないか、という危惧でもある。

下北沢在住の知り合いとは、下北沢の教育を一緒に考えていこう、という話になった。下北沢でのイベントという意味がここに出てくる。

教育が仕事ではない友だちからは、「業界のことはわからなくても自分の仕事に向き合ってる人の話を聞くのは楽しい」と言ってもらえた。この感想こそがこの会をやった1つの意味だったように思う。

教育の仕事がより広く伝わり誰もが入っていけるようになるといいな、と思うしこの場をもっとそうしていきたい。

では、いかに参加のハードルを下げられるかが問題になる。気兼ねなく誘いやすい設。横に知り合いがいると心強いだろうし、その意味で人とのつながりにおける居場所があるというのは大切だ。参加人数も重要。参加者を集うときここは改めて配慮したい。

教育への参加のハードルをいかに下げるか、ここはもっともっとチャレンジしていきたいし、この会をやる意味だなと改めて実感している。

でもそれは決して専門的な内容を落とす訳ではなく。どういう見せ方をするのか、どういう伝え方をするのかは、常に敏感でいたい。

2.コンテンツについて

コンテンツは正直にいえばえげつなかった。6名のゲストのお話は、具体的かつものすごく専門的な内容でありながら提案性があった。聞いていてワクワクした。そうだよなぁと納得させられた。しかし、その上で、当事者ならではの迷いや葛藤の吐露があった。

ここに共鳴し参加者が当事者となっていく。個人個人の問いと意見が溢れ出してつい喋りたくなっちゃう、ということが起こる。考えが発露する。

つながりが生まれるのはこの後。

例えば面白い映画の話を共有したくなるのと同じように。どう感じたのか、どう感じているのかをつい喋りたくなっちゃう。自分の意見が生まれる、話してみる、そして、つながりが生まれる。

やはり、つながりを生む上で魅力的なコンテンツと当事者性はものすごく重要だ。対話が先ではない。だからこそコンテンツの中身、深みには今後もこだわりたい。

3. 空間ついて

この会の開催を決めたのは、実は、会場との出会いだった。ForEverだ。
「ここで教育のイベントをやりたい」単純な動機だった。

飲食のできるアートギャラリー。ここにはアートの裾野を広げたいという店主さんの想いがある。イベント時は伝え忘れてしまったが、テーブルは全て店主さんの手作りであり、アート作品でもあった。実はカウンター席はイベント2日前には無かった。(全て完成したのはなんと椅子も含めてイベントの始まる1時間半前)この即興性や流動性が雰囲気として確かにそこにあった。

ここでやるからには、名札は付けない、席の形もサークルにしない。ここは決めていた。どれだけ教育的・ワークショップ的な要素を排除できるのか、その上で自然な人とのつながりを担保できるかの挑戦であった。当日、プログラムを掲示することもやめた。

この施策は、この空間によって助けられたという感覚がある。このイベントがもし、学校で行われていたら?公民館の会議室で行われていたら?全く別のものになっていただろう。

雰囲気ももっと固くなっていただろうし、今回のような交流も起こりづらかっただろうな、と思う。そういう場では、もしかすると名札が必要だったかもしれないし、席をサークルにする必要があったかもしれない。

ここでは、それは必要ないだろうな、と思えた。それは紛れもない空間の力だった。ぼくらの力だけではどうしようもできない空間の力の影響はものすごく大きいと感じさせられた。

4.時間について

魅力的なコンテンツによって意見が発露する。でも、ここに終始すると、せっかくのつながりが生まれる時間がなくなってしまう。2.と矛盾するようだけど、ここが今回の課題だったな、と思う。もっと近くの人と話せる時間を担保できるか、知り合える時間をつくれるかは、デザインとしてもっと上手くできる要素だった。

ただ、例えば「交流する時間」としてプログラムの中に組み込むのか?と言われればそれもそれでこの場のあり方ではないと思う。自然としゃべっちゃう、仲良くなっちゃうという空間は時間内で起こりえるのか、そこまでをプログラム内で担保するのか。ここは問いとして残る。でも、今回での1つの気づきは、余白やゆとりをもっととれていれば、もっと生まれることがあっただろうなということだ。

会が終わった後、会場に残れるようにしていた。大抵の大切なことは、時間外に起こる。でも、この時間外を充実させたのはやはり、時間内であったと思うし、コンテンツであったと思う。それがなければつながりすら生まれないだろう。時間内にいかにこの要素を組み込めるのか、余白のデザインは今後の課題だ。

5.1人で企画することについて

今回の企画はぼく1人で始まった。良くも悪くも1人でのできなさがたくさんあった。登壇者の6人にはめちゃくちゃ助けられたし、受付や設営も来てくれた友だちに頼んで手伝ってもらった。来てくれた参加者も互いに関係性を広げ合うような働きかけをしてくれた。この一人一人の力がなければ、会として成立しなかった。

いい意味で1人で企画することの限界を感じた。もちろん、1人だからこそ起こったこともあったと思う。

この場に共感して一緒につくる仲間を募っていかなきゃなと感じた。

まとめ

とクソ真面目に書きましたが、こんくらい大真面目に本気でユルーーーーくやっていきます。

いや、まぁ総じて最高の時間でした。

ここまで読んでくれた方ありがとうございます。またやります。

今度また乾杯しましょう。

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