教育実習で小学校へ行ったときのこと。ある小学2年生の男の子に出会った。
彼はその日も授業中に教室から飛び出した。
逃げ込んだのは男子トイレ。一番奥の個室だ。
ぼくは追いかけた。
入っていった個室、ノックし声をかける。
「外で待ってるからね。落ち着いたら出ておいで。」
それはいつものように繰り返される光景だった。
彼には、彼のために準備された教室がある。
彼の机と椅子もある。
計画された授業という時間がある。
居ることのできる場所。居るための時間
彼は、むしろ積極的にそこから逃げ出していく。
勉強が嫌いなのだろう。
ぼくはあっけらかんと、そう思ってはやり過ごした。
あの日から10年の月日が経った。
彼だけではない。
不登校は過去最多を更新し続け約30万人を超えた。
大人も例外ではない。
教員採用試験。
東京都公立小学校の倍率は過去最低の1.1倍。
みんなの居場所であったはずの教室は、
いつの間にか誰の居場所でもなくなった。
いや、みんなの居場所であったばっかりに
次第に誰の居場所でもなくなったのだ。
私たちの教室は、彼の教室は、
一体どこに消えたのか。
「曇ってどうしてあるの?」
トイレの扉が開き、ポトリと呟やく
それはただただ純粋無垢な問い。
そう、彼は学ぶことが嫌いで
教室から逃げ出したのではない。
この問いを、この声をただ守りたかっただけなのだ。
彼にとっての、彼のために準備された教室は、
彼が何かを学ぶ場所でも、居場所でもなかった。
ぼくはその言葉に愕然とし、自分の不甲斐なさに泣き
ただ茫然と立ち尽くすことしかできずにいた。
教室はどこにあるのだろう?
彼の言葉が全てだった。
誰もが生まれながらにもっている、その声
「曇ってどうしてあるの?」
その瞬間
彼とぼくが、男子トイレが、教室になっていた。
答えは出なくても、答えなど無くても
そこに教室があった
教室は、準備されているのではなく
計画されているのでもなく
ある
いつだって、どこにだって、誰にだって
そのあわいに、ある
「みんな」といって、一括りになるでもなく
「ひとり」といって、孤独になるでもない
いまここにある、教室で
ドブネズミのようで、ガラクタにもみえる
断片的でいて、変哲もない
ただその声をここに書き残す
書いてみる